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団体の幟・旗について(大阪教育合同労働組合様への返信)

団体の幟・旗について(大阪教育合同労働組合様への返信)

7月20日の関電本店前で私達が呼びかけた反原発抗議行動において、大阪教育合同労働組合として抗議に参加されていた方々が掲げておられた「教育合同」と記載された幟について、当ブログにて呼びかけていた注意事項に基づくその場の判断で、TNN大阪のボランティアスタッフが掲げないでほしいとお願いしたことを発端として、次のリンク先に掲載のとおり、大阪教育合同労働組合様から、東京の首都圏反原発連合経由で質問状が届きました。

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/6e7e93070f2f2581a2d2058a224ae295?st=0
(本記事の最下部にそのまま転載させていただいております)

これに対し、私達の見解を整理して回答させていただきましたので、以下に公開致します。

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大阪教育合同労働組合の皆様
大阪教育合同労働組合書記長 竹林様

お返事遅くなりまして誠に申し訳ございません。先週金曜日にはせっかく関電前に来ていただいたのにも関わらず皆様に不快な思いをさせたのではないかと考えています。心からお詫び申し上げます。
竹林様からご意見をいただきましてから、当日現場にて皆様とお話させていただいたスタッフに事情を聞き、当日の様子を整理いたしました。そして、TwitNoNukes大阪のデモや抗議での、のぼりや旗についてのガイドラインを作成致しました。

◆経緯1(のぼり・旗について)
◆経緯2(シングルイシューについて)
◆のぼり等のガイドラインについて

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◆経緯1(のぼり・旗について)
7月20日の関電本店前抗議にて主催スタッフ2名はホームページにも記載されているガイドライン「反原発・脱原発に関係のない特定の政治団体や政治的テーマに関する旗やのぼり、プラカード等はご遠慮ください」に基づき、大阪教育合同労働組合様の「教育合同」という団体旗を降ろして頂くようにお願いしました。そこには「別の政治的テーマである<教育><労働組合>の団体の旗」と認識がありました。
私達は先週の段階では「反原発・脱原発に関係のない特定の政治団体や政治的テーマに関する旗やのぼり、プラカード等はご遠慮ください」とホームページに記述していましたが、実際には「原発に関する記述のない団体の名称のみの旗やのぼり」は、等しく下ろしてもらうようにお願いさせていただいておりました。

その際、皆様には「一般的には労働組合は政治的な活動とみなされているので、団体の旗を降ろして、個人として抗議してほしい」と説明させていただきました。しかし、これは2つの点で、大阪教育合同労働組合様に不可解に映ったかと存じます。

1点目は、大阪教育合同労働組合様の「組合旗」は政治団体の徴ではなく「団結の徴」として持ち込まれたのにも関わらず、ご遠慮をお願いした。
2点目は「教育合同」という皆様の組合旗を見て、こちらが勝手に「教育問題」「労働組合活動」という原発問題とは別イシューの「特定の政治的テーマ」を想定し、旗を降ろしていただく説明をした。

私たちのホームページ記載のガイドラインと実際の運用の齟齬がこのような事態を招いたと考えております。

◆経緯2(シングルイシューについて)
「一昨日の主催者の話によると、原発労働の問題だとか、先住民のウラン被曝の問題だとか、核燃料の再処理問題であるとか、原発利権=原子力村の問題だとか、そういったことも持ちこまれたら困る、ただただ<再稼働反対>のコールを上げることだけで集まっている、ということだそうです。」と竹林様の指摘にございましたが、このように受け取られた説明をしたとすればこちらの落ち度であります。

私達が掲げるシングルイシューというのは、原発に関わるあらゆる問題を含み、原発労働、ウラン、再処理、利権等々の問題も含んだ「原発問題一般すべて」を含みます。しかし、私達が主催するデモや抗議にて、団体の皆様が持参する「団体旗」を降ろして欲しいとお願いするのは、そのような原発問題から労働などの、重要なテーマを除外したいからでは決してありません。当日のスタッフの説明にも不備があったかと想像します。申し訳ございません。どうかご理解いただければ幸いです。

◆のぼり等のガイドラインについて

この件を受けて、のぼり・旗・プラカードについてのガイドラインを独自に作成致しました。
以上の経緯、そしてガイドラインをご覧いただき、参加の可否等をご判断していただければと存じます。

=====
TwitNoNukes大阪のデモおよび抗議における、のぼり・旗・プラカードのガイドライン

(1) のぼり・旗・プラカード等(以下、のぼり等)には、原発に関する文言をお願いします。一般的に原発問題に詳しくない人が見ても原発と直接関連が見いだせるようなのぼり等でのアピールをお願いいたします。のぼり等を降ろしていただいたり、片付けて頂くよう、現場でスタッフがお願いする場合があります。

(2) 団体名ののぼりや旗について
私達は、デモや抗議の場において団体名のみを記したのぼりや旗を歓迎しません。一目見て原発反対という意思表示、もしくは原発問題啓発となるようなのぼりや旗をお願いします。
*なお、市民団体などの団体の名称が、政治的テーマに関するものである場合は、(1)の場合に準じます。

これらはあくまでガイドラインであり、何らかの強制力を持ったものではありません。原発についてのデモや抗議に集まってくださっている人たちの間の、ゆるやかな約束事です。参加者の皆さまのご協力のほどを、どうぞよろしくお願いいたします。

=====

私達は脱原発運動におきましては若輩者です。
皆様には今後共、さまざまな形でサポートしていただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
お返事にお時間いただきまして誠に感謝しております。

TwitNoNukes大阪
横山 純

*******************************
【ご参考:大阪教育合同労働組合書記長・竹林様からのメール】

首都圏反原発連合のみなさん、毎週の官邸前抗議行動の運営、お疲れ様です。

私は大阪で労働運動をしている竹林といいますが、一昨日7月20日(金)の18時、大阪の関電本社前の抗議行動にはじめて組合として数名で参加しに行きました。

そして行動に参加してしばらく(およそ30分ぐらい)たったころ、「STAFF」の腕章を付けた方が話しに来られて、「組合旗を下ろしてほしい」と求められました。それで、そのことについて結局、行動の終了時間までずっと議論を続けるという状態になってしまいました。とても残念です。

そしてそのことをなぜ、首都圏反原発連合のアドレスの方にお送りするかというと、その時の主催者の話の中に「私たちは運営や方針などすべて首都圏と連動してやっている」との説明があり、大阪の「TwitNoNukes大阪」のHPを見てもどこにもメールアドレスが記載されていないので、やむなくそちらにお送りすることをご了解ください。

さて、関電前で主催者の方たちは私たちに対し、おおよそ以下のような説明をされました。

「この運動は<再稼働反対>のシングルイッシューで集まっている」
「組合旗があるとみんな足が遠ざかってしまう」
「安全で安心な行動を守っていきたい」etc.

ちなみに私たちは何も、組合としてのアピールをマイクで訴えるなどということをするために関電前に行ったわけでもなんでもありません。ただ、日ごろ組合として取り組んでいる反原発の闘いの延長として、みんなで行こう、ということになったのです。主催者に声をかけられるまでずっと、みんなと一緒に「再稼働反対!」のコールを上げ続けていました。

この日一緒に行った30代前後の若い組合員たちの中にも、これまでにこの行動に個人として参加した者もいます。私も何度もそうしていました。けれど、いつまでも個人の課題ではなく、さらに闘いを広げるため組合として参加しようと議論しました。そして、「TwitNoNukes大阪」のHPに記載された「特定の政治団体」に労働組合は該当するか? しない! 「特定の政治的テーマ」に
労働組合名は該当するか? しない! と一つ一つ検討した上でこの日、組合旗(といっても正式な組合旗ではなく、縦長のいわゆる「のぼり旗」です)を持参して参加したわけです。

なお、もし、労働組合というものを「特定の政治団体」と認識されるのでしたら、根本的な理解が一致できません。この点について、大阪の主催者は「労働組合のバックには支持母体の政党がある」という何とも許しがたい発言をして、私たちの怒りを買っていました。私たちの組合には、100%一切特定の政党との支持関係はありません。むしろ、そういう主催者側の発言の背景にこそ、これまでの既成の労働組合を見聞して訳知り顔になっている意識、旧態依然とした古い価値観が牢固として存在していることを見せつけられました。

私たちも、そして皆さんも、オルタナティヴな社会を、もっと新しい価値観の社会を目指しているのではないのでしょうか?

また、私たちは最初、この運動は<反原発>の一点で結集しているかと思っていたのです。シングルイッシューで結集、というのはそう意味で理解していました。が、そうではなかったのですね。一昨日の主催者の話によると、原発労働の問題だとか、先住民のウラン被曝の問題だとか、核燃料の再処理問題であるとか、原発利権=原子力村の問題だとか、そういったことも持ちこまれたら困る、ただただ<再稼働反対>のコールを上げることだけで集まっている、ということだそうです。

率直に言って、それだけを続けていて反原発運動が前進するとは思えません。

また、「組合旗があると足が遠ざかる」とも言われましたが、その彼は「みんなそう思っている」というので思わず、「じゃ、アンケートでもとったのか」と言わずもがなのことを言ってしまいました。

考えても見てください。「労働組合の旗があるとみんな怖がる」「労働組合の旗があるので足が遠ざかる」、これらの主張をして喜ぶのはだれですか。今、私たちの組合の周りでも増えている20代、30代の非正規労働の問題を考えた時に、そう、今、首相官邸前や関電前に集まっている多くの若者がそうであるように一方の富裕な正規労働者と、巨大な非正規労働者の海をつくりだして対立させ、労働組合というものはそんな正規労働者=恵まれたものの組織なんだから気にしなくていいよ、なくなってもいいよ、と思わせて得をするのはだれですか。

現実には、そんな非正規の労働相談の一つ一つを丁寧に取り上げて使用者に非を認めさせ雇用・労働条件を獲得してきたのが労働組合じゃないですか。

たしかに、一部の正規労働者のみの大手既成組合で御用組合としか言いようのない組合はあります。その筆頭が電力総連でしょう。

しかし、私たちの組合は断固として違う! 正規ー非正規の分断を乗り越えることをずっと追求してやってきました。そんな私たちにとって、反原発の課題も、<組合とは別に個人で勝手にやってたらええやん>というものではないんです。職場にも原発の問題はあるんです。それを職場での闘いで、組合としてこの間闘っています。この社会のあり方<パラダイム>を転換させるための大きな課題に原発問題があり、日常の職場闘争とも通底しているのです。

そのことを無視して、「あんたたちも、組合とは関係のない個人としてきてくださいよ」というのは、私たちに、トータルな人格を分裂させよ、と言っているのと同じなのです。

言い方を変えましょう。関電前で主催者の方が私にこう言いました。「心の中で組合員であってもいいから、ここの場ではそれを表にあらわさないでくれ」と。

本当に絶望的な怒りと、悲しみを覚えます。

この言いぐさは、あたかも、「日の丸・君が代」を強制する文科省・教委・首長・裁判所がみんな口をそろえて私たちに言ってくる「心の中で『君が代』に反対するのは自由だが、卒業式ではそれを外形的に表すのはダメだ」と鏡のように相似形です。

さらに、そんな議論をしている私たちに対して、ほかの参加者から「ルールは守れよ!」という声がかかりました。この声は「『君が代』起立のルールは守れよ!」という「市民」の声と重なります。この場での「ルール」確定に私たちがかかわった記憶はありません。いつの間にこの国は、<どこかのだれか>が決めた「ルール」と呼ばれるものをアプリオリに「守らなければいけないもの」とみなしてしまう心性ができあがってしまったんでしょうか。

で、一方で、この関電前行動でも「日の丸」の旗を持っている者もいます。毎回何人かいます。主催者の説明では「彼らにも、遠慮してくれと言っている」とのことですが、実態として変化はありません。東京では、主催者が「日の丸」に抗議する参加者に対して「あれはただの旗だ」と説明した、とも仄聞します。


こうなってくると、本当に私たちは理解不能です。「日の丸」は「ただの旗」といいなして、労働組合旗に対しては「怖がる」「足が遠のく」と言い募る<反原発運動>って、何なんですか? あなたたちは、どこに立って
いるんですか?

まさに、原子力ムラの巨大利権に群がってくる政財官の有象無象のオヤジやジジイ連中がつくっている共同体の表象が「日の丸」じゃないのですか?

ところで、前述のように、私たちに対して主催者の方はこうも言いました。「安全で安心な場を確保したい」と。組合旗があればそれが確保されないそうです。

いま、私たちは大阪の地で、必死に、本当に文字通り必死に、橋下による労働組合潰しと闘っています。橋下はさかんに、あの手この手で労働組合というものは無用なものだ、むしろ危険なものだ、と市民に刷り込もうとしています。

それに対し、私たちは必死で、労働運動は社会的運動の重要な一つであり、この貧困・格差社会の中での欠かせないセイフティ・ネットの一つだと自負しています。

そんな橋下と闘っている私たちに対して、反原発の行動の中で、主催者側から、「組合は<安全>で<安心>なものではない」という偏見に基づく説明をされたことに抗議します。

その主催者の説明では、要は、この場での判断基準は、「再稼働反対」の一点の運動かどうか、そして結局のところ「見た目」(外形的に、「うちら、個人で来たでぇ、ほら、こんなにデコッたプラカードもつくってきたしい~!」というようなレベルの問題)だということです。その基準に労働組合は合わないと判を押されたということです。

結論として今回、私たちは、いくら主催者が「実力で排除はしません。あくまでお願いをします。これからもお願いをします」とは言
っていても、精神的には完全に排除された、との感を深くします。

しかも、そこで聞こえた言説が、橋下や教委の主張とうり二つであったことに何とも言いようのない情けなさや哀しさを覚えます。

「STAFF」の腕章をして走り回っている主催者の多くが若い人たちであるのに、その体現する価値観がなんと古色蒼然としたものであるかということにめまいを覚えます。

私たちは、このような現行方針の撤回・変更を求めます。そして、労働組合に対する不当な偏見は絶対に許せません。

わたしたちが今後組合としてこの行動にどう参加するか、しないのかは私たちで決めます。しかし少なくとも、今回の私のメールに対するレスポンスは何らかで公開の形でしてもらえたら、と思います。

【中略】

よろしくお願いします。

2012年7月22日 大阪教育合同労働組合書記長 竹林 隆
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コメント

非公開コメント

この竹林氏の抗議文にすら他の政治的主張が入り込んでいる。橋下市長云々という筋違いの与太話は、まっっったく不要だ。

No title

団体旗の対応についてはともかく
現場スタッフの対応に
労働組合に対する偏見のようなものを感じました。
組合は原発反対を掲げてはいけないのでしょうか?

いろんな事で生活を守るために頑張っているのが組合です。
「原発反対」の一致点で参加されたんだと思いますのに
なんだか後味が悪いですね。


おたがいにしこりを残さず一致点で共闘できたらいいですね。

偏見とおっしゃいますが

現時点では、主催者さんの対応は順当だと思います。

>現場スタッフの対応に
>労働組合に対する偏見のようなものを感じました。

もしかしたら「偏見」なのかもしれません。
でも、参加している部外者からすると、労働組合の旗に抵抗があるのは確かだし、それが普通だと感じています。

私は、たとえば「原発反対!」と大きく書かれた横に団体名が書いてあるのなら、全く違和感ないんです。でも、団体名だけを書いた旗を掲げていれば、「意味がわからない」と思ってしまいます。「デモ参加者に対して団体の宣伝をしている」ように感じるんですね。
また、ツイッターでは「組合の旗を認めないなんて日和見主義だ、権力寄りだ」などと見当違いの罵倒まで見かける始末です。

でも、まじめに活動している組合があるのは知っているし、真剣に考えるなら労働者の権利を守る立場からの原発反対はあり得ると思います。

とにかく、手を繋げるようにしていければいいですね。

貴組織の偏見について

政治家・官僚・財界企業トップ、日本の政治と経済を支配しているこの部分は国民の1%にすぎない。
他99%は働く者、要するに労働者。
零細企業やパート労働者には組合がない所が多いだろう。しかし大概の所には労働組合、職員組合がある。
一般市民が「労働組合」アレルギーを持ち、運動に支障がくるという論は的はずれではないのか。
御用組合だろうが戦闘的組合だろうが、労働者市民にとっては賃金、待遇、福利厚生等死活問題として組合の存在がある。それが市民生活と遊離したものという考えは偏見そのものであろう。

鈴木 しのぶ さん へ

フリーランスで 仕事をしているものです。

何物にも属さない わたくしでも 労働者では??

>>零細企業やパート労働者には組合がない所が多いだろう。しかし大概の所には労働組合、職員組合がある。


零細企業、パート労働者を揶揄しておる表現ですね。

組合が大事なのでは無く ひとりひとりの「思い」が大切なのではないのでしょうか?

そういう軽率な表現こそが 一般的に 『アレルギー』化するのです。

労働組合<<労働者<<<ひとりの人間

として考えられない人は デモや運動に参加する意味さえも
半減するのではなかろうか。。。

組合の旗よりも もっと大事なものを アピールしなはれ。


議論で解決を

7月20日、27日に参加しました。20日に参加したときは教育合同労組ののぼりがあって、労働組合も参加していいことだと思っていたら、27日はのぼりもなかったのでどうしたのだろうと思っていました。そういうことだったのですか。
私は基本的に、行動の統一が守られかぎり、政治主張は自由だと考えています。教育合同さんも行動の統一は守られていたので、それでいいと思います。「あなたの政治主張には賛成できないが、あなたの政治活動の自由は守られねばならない」ということが大切です。
27日は日蓮宗系の宗教団体も機関誌の配布をしていました。配っていた人に、ここは個人で参加するのが基本だから、宗教新聞の配布は反対だと言いました。その人はもう私には近づきませんでした。
それから言えば、教育合同の人も教育合同労組に属する個人としての参加であるということが明確になるゼッケンとかの着用の方がよかったかもしれません。
これだけ大きな集会になればいろいろ矛盾が出るのは当然です。それを議論で解決することが定着すればと思います。

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No title

さっきのコメント管理者だけでなく公開にしてください

No title

原発反対は同じく思っていたことですが、こんなところでもつまらないもめごとがあるのですね。
組合旗だろうが桃太郎旗だろうがどうでもいいと思います。肝心なのは「個々の問題に賛成するか反対するかで集結する」ことですから。
各地の組合・連合が分裂して弱体化していく様と同じで、空しくなりました。
もう、原発反対集会への参加もする気が失せました。

No title

 私見ですか、

 私は個人的には、デモの際、組合の幟の下で声をあげるのがイヤです。この前の京都・大阪のデモでも、組合の旗がないグループを探して落ち着くのに、とても苦労しました(京都ではそれができませんでした)。なぜなら、私が声をあげるのは原発に反対するためであって、組合のアピールのためではないからです。さらに、組合員主体のグループに入ってしまうと、若干の疎外感を味わうことになります。その意味で、金曜日の関電前抗議行動は、私にとって、居場所を苦労して探す必要のない居心地の良い場所です。

 一般的には、組合活動をしている人は国民の中では少数派であります。組合の旗の下で脱原発を叫べば、脱原発とは組合活動をするタイプの人たちの主張なのだ、と、誤解されかねません。

 これは、脱原発の活動にとっては、非常にマイナスであると考えます。長い目で見れば、脱原発は、多くの人々に好まれる場合にのみ、成功の見込みがあります。組合活動に理解のない、あるいはそれに反対する人たちも、脱原発に引き込まねばなりません。そもそも組合に縁のない、小さな事業所で働く方々や、非正規雇用の方々も、脱原発運動の強力な担い手なのです。

 こうした人々をすべて引き込むという意味で、Twit no Nukesさんの方針には理があると思います。


 私自身も勤め先で組合に所属して、その執行委員も務めています。私は、自分の組合の旗を脱原発のデモで掲げるつもりはありませんし、なぜそれをするのか、よく理解ができません。

 組合で皆に呼びかけをして、組合の旗を持たずに脱原発の主張をすることは、それほど不自然なことでしょうか。

 あくまで私見です。こういう意見をもった人間もいるといった程度で、ご参考までにお願いいたします。

↑の主張に同意。

tacoさんという方のご意見に全面的に同意です。
@TwitNoNukesOsk
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